機械・春は馬車に乗って

機械・春は馬車に乗って (新潮文庫)

機械・春は馬車に乗って (新潮文庫)

3/22読了。

表題作『機械』は、工場で働く四人の男の思惑が絡まり合い、メカニカルな作用を及ぼすさまを緊密な一人称で描いている。現実の人間関係は多層的だからさらに複雑だが、~を押すと~が回転して動いて~が作動して…という連係は、遠く新本格ミステリにも連なる論理性を備えている。

『春は馬車に乗って』は、自身が結核の妻を喪ったときの体験をもとにしている。『微笑』は没後に発表された遺作。秘密兵器を開発する天才海軍士官の造形に凄味がある。

若い頃はひねもすSFや翻訳文学を食べて暮らしていたので、このあたりはかえって新鮮。『ナポレオンと田虫』は映像的な斬新さに目をみはった。

 どちらもときどき黙りがちになった。緑樹の中を流れるダニューブ河や、杜(もり)や牧場の姿は、照りかげる光の中で麗しく静だった。すると、そのとき、黙っていたヨハンはステッキの曲った把手(とって)から顔を上げて、

「しらゆきはどうしていますか」

 と小声で訊ねた。

「しらゆき」梶は何ごとか意味が分らず訊ね返した。

「陛下のお馬」

「ああ」と梶は思わず発して身を伸ばした。純白な姿が何か身を浄(きよ)めるように一瞬彼を撃って来た。しかし、ここでもまた、この罌粟の花に取り包まれた遠いはるかな異国の果ての、ヨハンの口から、突然そのような姿の浮ぶ言葉が出ようとは――ただもう今は不思議な感じだった。梶は大きなヨハンの顔を瞶(みつ)めながら、

「あなたはどうして御存じです」と訊ねた。

「あのお馬は、わたくしがここの牧場でお買いしてさし上げました」

「あなたが」

 梶は再びおどろいた。敬語の調子で、「お買いしてさし上げた」ことが、通訳の労をお取り申したという意であることはすぐ察せられたが、しかし、白雪がハンガリヤの産だということは今まで彼も気附かなかったことだった。彼はまたもや自分の顕した手落ちを不意に感じ、今はひそかにヨハンの舌を両手で封じたくもなる複雑な気持ちに襲われた。

「白雪はここでしたか。それは非常な失礼をしました」

 すっきりと白く立った馬の鬣(たてがみ)は、しかし、梶のこうして心中詫(わ)びる気持ちを、いつともなく吸いとり拭(ふ)き浄めて疲れも彼は忘れて来た。も早や疑うことの出来ぬこの目前の事実だった。彼は暫く遠方の空を仰ぎ見る粛然とした思いのまま、この下の牧場で産れ、ここに自分と対っているこのヨハンに通訳の労をとられた白雪だと思うと、一層その姿が親わしく尊とくも思われて来るのだった。またそれがいつか慶(よろこ)ばしい気持ちにも転じて来て、暫くは眼下に静まった牧場を見降ろしながら、さらに思いもうけぬ意味ふかまったこの眺めだと彼は思った。  『罌粟(けし)の中』