今日の早川さん

いま、あなたが何かの本を読んでいるとしよう。

ネタはなんでもいい、本屋でベストセラーの棚に平積みになっていた本とか。少年雑誌掲載の人気漫画の単行本かもしれない。

ページをめくり、眼を落したところに並ぶ漢字やひらがなの連なりを介して、あなたの意識上には意味が高速で生成・構成されていく。ページにストローを挿して情報を吸い上げるところを想像してもいい。まるで蚊の吸血行為だが、たぶんそんな具合にあなたは情報を自分の中に取り込んでいる。情報が途中でストローに詰まって固まらないように、あなた自身の思考や記憶、解釈を混ぜながら全部吸い取ったら、作業はおしまいだ。読み終わったらもう本は用済み。古紙回収かブクオフにでも出せばいい。

だが、そういうふうには考えないひとたちがいる。

昔風に言えば「愛書家」、今風の言葉なら「本オタク」または「古本者」と呼ばれる彼らは、書かれた中身と同じくらい「器」にこだわる。

ブクオフ? そこは猟場であって、廃棄場所ではない。

誰が何と言おうと自分の好きなジャンルがあって、読みたい本を探して渉猟する時間が無上の楽しみ。ゲットできたら食事なんか抜いてもいいくらい。好きな本は宝物だから捨てるわけがない。何か聞かれて口を開けば怒涛の知識量と蘊蓄の津波で周囲のみんなが固まるけれど、そんなことは気にしない。素敵な異性にモテるなんて遠い夢、でも本があるからいいのだ。

日本ではひきこもりの変人蒐集家、書架の埃を吸って生きている仙人扱いだったりする彼らだが、外国では古くからいっぱしのエレガントな趣味として認知されてもいる。たぶん履歴書の欄にも「読書」とか書いてもかまわないと思う。*1詳しくはクセジュ文庫『愛書趣味』(白水社)を読んでいただきたい。

これまでは、そういう手合いの病的本好きは一般的に、年のいった男性層に多いと考えられてきたかもしれない。険しい趣味の峰を独り歩いて、自分が認めた本のみを手にし、それらをひたすら蒐集していくためには彼らの層になって初めて許されるような潤沢な資金と広壮な書架スペースが必要だからだ。

だがその認識は、この本を一読すれば覆される。

今日の早川さん

今日の早川さん

まだまだ若いのに、そんな不治の病にかかってしまった五人娘の日常をどうぞ。

突き進む彼女たちに迷いはない。ときどき傷ついたりもするけれどわたしは元気です。だって、本があるから。

甘いものはすぐに忘れられてしまうけれど、この苦さは長く心に残る。

嗚呼、愛すべき、哀しき愛書趣味。

同病の諸君、どうか読んで苦しんでいただきたい。漫画と侮るなかれ。本を愛し、本に魅入られた自分をときに疎ましく思う上級書痴には最適の拷問となるに違いない。本書に描き出されたおのが姿を眺めて、脂汗を流しながら恍惚としてほしい。

書籍化を決断した早川書房のご担当に感謝。これで本当の読者層である紙媒体原理主義者にこの劇薬が届くというものだ。彼女たちがいつか「更生」できるかどうか知りたいので、ぜひ続編をお願いしたいというのは―――早すぎるお願いだろうか。

愛書趣味 (文庫クセジュ (662))

愛書趣味 (文庫クセジュ (662))

*1:英文履歴書CVの項目にそんな欄があったかどうかは不明だが。