インディギルカ号の悲劇 1930年代のロシア極東

インディギルカ号の悲劇―1930年代のロシア極東

インディギルカ号の悲劇―1930年代のロシア極東


私たちの行先は誰も教えてくれなかったが、列車が東に向かっていることは判っていた。一日に一度、不快な臭いのスープが与えられた。貨車に押し込まれるタンクにはなまぬるい、とぎ汁を思わせるような粥が入っている。パンはひとり三○○グラムずつ。一日に一度、水の入った小さなタンクが運ばれてくる。水は顔を洗おうと飲もうと勝手だが、囚人一人当り○・五リットルだ。時間をつぶすために、女たちは詩をそらで朗読することを思いついた。見事な朗読者だったのは、ジーニャ・ギンズブルクである。若くて美しい黒髪の人で、たしかカザン大学の教員だったと思う。彼女は驚くべき記憶力の持ち主で、省略なしに終わりまで『エヴゲニー・オネーギン』をすべて、『ポルタヴァ』をすべて、『青銅の騎士』をすべて、『知恵の悲しみ』をすべて読むという名人芸を披露した。彼女の朗読を護送兵が立聞きしていた。彼は貨車に入ってきて本をよこせと命じた。請け合って言うが本なんて一冊もないとみんなが答える。信じられないという護送兵。彼は粗野に悪態をつきながら、隅から隅まで引っかき回したが、本はもちろん発見されなかった。

(166~167ページより)