蟲師9

蟲師(9) (アフタヌーンKC)

蟲師(9) (アフタヌーンKC)

その年頃の男子をもつ母親としては、『水碧む』は怖い一篇だった。

蟲は蟲、人は人、互いにまじりあうことはなく、まじりあうとすればそれはこの世ならぬ機会と場所においてであって、本来起こるべきではないという不文律が、この作品世界にはある。則を越えればそれなりの咎を負うことになる。人の眼に映らず、制御することもできない蟲が喚起する畏怖の感情は、現代生活の中から薄れて久しい感覚だ。読むたびに、自然のことわりの中の人間の小ささを実感させる心細い読後感(どれも決して面白おかしい話ではない)と、巧みに設定されて違和感のない蟲の習性に、感心する。