宿命の交わる城

ずいぶん昔に書いたレビューを引っ張り出してきた。タロットについての簡易な説明にもなっているので置いておく。

宿命の交わる城 (河出文庫)

宿命の交わる城 (河出文庫)

ひとの身体をはてしなく刻んでいくと、元素が残る。

言葉と歌の結び目をほどいていけば、ひとつひとつの音になる。

では、人生のタペストリーを切り裂いて得られる端切れは?

それはカード―――古びた奇怪な絵柄に人の世の寓意と象徴を秘めた78枚のタロット・カードである。


22枚の寓意画と補佐的な56枚(こちらがトランプの原型となった)の二種類のカードから成るタロットは、一枚にいくつもの意味がある。奇想の人カルヴィーノは、占い師を悩ませるこの多義性を利用して、一見脈絡もない絵の連なりから「人生」を織り上げてみせた。予備知識はいらない。読者はページに示されたカードを見ながら、話を読みすすめるだけでいい。暗示を繋ぎ合わせて未来を読む占い師の作業はここでは必要ないのだ。


「会食者のひとりが卓上を掃き清めるようにして、撒き散らされたカードを自分のそばに引き寄せた。だが、彼はそれらを束ねようともせず、また混ぜあわせようともしなかった。ただ、その一枚を抜き取って、自分の正面に置いた。そのカードに描かれた人物と彼の顔立ちの相似に、誰もが気づいた。私たちは納得した。そのカードで、これは”私だ”と、彼の言わんとしていることを。そしてまた、おのれの物語を述べようとしていることを。」(P.16より)


城あるいは酒場に集った者たちが順番に語る物語には、やがて『ハムレット』『狂えるオルランド』『リア王』などの古典が顔を出し、卓上に並べられたカードには配列に応じて、さまざまな人生が塗り重ねられていく。


タロット TAROT(英語ではタロウ、イタリア語ではタロッキ)の成り立ちと名については、さまざまな伝承がある。「古代エジプトに起源がある」「世界の秘密を綴った一冊の本の頁が切り離され散逸したもの」「ユダヤ教の律法書TORATから取られたもの」云々、おどろおどろしい絵柄のせいで、どの話も本当のように思えてくるが、解説の鏡リュウジ氏によれば、タロットは、生まれ故郷のイタリアではもっぱらギャンブルに用いられてきたという。神秘思想と結びつけられて占いに使われるようになったのは、誕生から三百年も経った十八世紀後半から。

ちなみにカルヴィーノがこの本の前半を書く際に参考にしたのは、十五世紀後半、ミラノの貴族ヴィスコンティ家のために画家ベンボが描いた細密画タロットを、原色・原寸大で再現したカード。後半を書く際に使われたフランス製のタロット「マルセイユ版」は、今も広く流布していて、もちろん日本でも気軽に買える。

カルヴィーノのカードの解釈は、必ずしも古典に従うものではないが、とっぴ過ぎもしない範囲にとどまっている。タロットに親しんできた経験に従うと、質問者の悩みが深ければ深いほど、カードは鮮やかに歌い語るもの。そのドラマチックさはここに描き出された物語に勝るとも劣らない。本を読みながら、語られたとおりにカードを並べてみるのも一興。占い師がどうやって複雑なカードの意味を辿っていくかを知ることができるだろう。タロット入門としてもお薦めできる。