沈黙のフライバイ

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

 クラークは『楽園の泉』で、その途方もない大事業を精緻に描写して見せた。クラークはその素材にカーボン・ウィスカーを想定しており、その単結晶は宇宙空間の微小重力環境でないと製造できないとしていた。そこでエレベーターの起点となる静止軌道には質量数万トンの巨大な宇宙工場が設置される。

 この工場を建造するだけでも、安全で清潔で低コストな核駆動ロケットがなくては実現できそうにない。現用ロケットでやるなら数千回の打ち上げが必要になるからだ。

 しかもクラークは、テザーの原料とアンカー質量のために小惑星静止軌道に曳航すると述べている。これまた夢のような大事業だし、相当な危険もある。

 みんなクラークに騙されていたのだと思う。

 彼ほどの嘘つき名人はいない。軌道エレベーターが途方もない大事業であるからこそ『楽園の泉』は重厚な物語になった。しかし現実はそんなドラマを軽々と飛び越えてゆく。    

 ―――『轍の先にあるもの』(p.71)より

遠未来の超技術ではなく、いま進んでいる宇宙開発と技術の先に連なる未来を描く五つの短編。いずれもひょうひょうとした登場人物たちの視線の先をいっしょに見つめて、その想いに動かされた。

人生は短く、宇宙への夢は永遠に続く。SFを読みつづけてきてよかった。