japan 蒔絵 宮殿を飾る 東洋の燦めき

「japan 蒔絵 宮殿を飾る 東洋の燦めき」於:サントリー美術館

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なぜ正月から展覧会かといえば、息子の冬休みの宿題のためである。そしてなぜ蒔絵かというと、それは馬の鼻面をとって引き回す博労役であるところの自分の趣味である。それだけ。

蒔絵。漆を塗り重ねたその上に金属の粉を固定することでさまざまな模様を描き出す日本の伝統芸術である。おりしも正月、くろぐろとした塗りの椀にその華麗な輝きを見たばかりのひともいるだろう。技術としての起源は大陸だが、あちらではすでに廃れ、本邦で最古といわれる蒔絵の太刀は正倉院に収蔵されている。これが大陸渡来か日本で作られたものかは不明ながら、技術は八世紀半ばまでには確立されていたようだ。

平安~江戸時代を通じて上臈から庶民まで、財布の具合に応じてさまざまな層で愛されてきた漆器は、実は海外にも大量にも輸出されていた。

16世紀からはじまったポルトガル人との交易が、その始まりだった。既成の漆器の輸出のみならず、宣教師など西洋人サイドからの注文製作も行われていた。展覧会では、キリスト教のミサで用いられた書見台や大型の家具などが見られる。これらは「南蛮漆器」とよばれ、黒漆地に金の平蒔絵に螺鈿幾何学模様を組み合わせた、たいへん見事なものである。貿易商人によって東アジアが結びついていた時代ということもあり、出島の商館経由でムガル皇帝からも注文があったし、マニラ経由でメキシコ(当時はヌエバエスパニア)に送られたものもあった。

長く伸びていった貿易の蔓の先はいつかヨーロッパの王侯貴族のもとに届いた。黒地の余白に高蒔絵の文様が特徴のこれらは「紅毛漆器」と呼ばれて、輸出漆器の定番となる。なかでも、フランス王妃マリー・アントワネットのコレクションは質・量ともヨーロッパ随一だった。

長々と書いたが、このような背景を持つ里帰り品が、この展覧会のメインである。四年がかりの修復を終えたばかりという「マザラン公爵家の櫃 Mazirin Chest」には保護硝子ケースの表面が鼻息で曇るほど興奮し、悲劇の王妃が愛した精妙な香合の数々にうっとりしたり。正月からたいへん良いものを見せてもらった。

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息子の勉強用に買った図録と子供向けパンフ。息子がもらったもの。中学生は入場無料だが、彼はすでに180センチ近い(頭頂部に逆立つアホ毛をあわせると180超)ので中学生にみてもらえない。よってこういうときは生徒手帳提示が欠かせない。

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書見台に入っている記号「IHS」はザビエルが興したイエズス会のしるし。

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イラストがかわいいすごろくになっている。図録といっしょにとっておこう。

以前読んだ漆と蒔絵関連の本ではここらへんが面白かった。

うるしの話 (岩波文庫)

うるしの話 (岩波文庫)

表紙になっている「蓬莱之棚」を東京藝大美術館の「工芸の世紀」展で見て惚れ込んでしまったので。同時に展示されていたシカゴ万博デビゥの「十二鷲」がまた見たい…。

漆芸―日本が捨てた宝物 (光文社新書)

漆芸―日本が捨てた宝物 (光文社新書)

漆塗りの基本と、国内と国外の修復に対する意識の違いなどが面白かった。