天帝のみぎわなる鳳翔

天帝のみぎわなる鳳翔 (講談社ノベルス)

 人生には。

 たったひとつの解が逃げることだっていう、そんな辛い時季がある。

 でも勇気のないおとこには―――おんなでもいいけど―――それが見えない。解らない。

 世界の善意を信じて、逃げる。

 それも、勇気のひとつだってこと、解ってほしい。

 それで救われるひとだって絶対、いるってことも

 (略)

 地獄を見たあなたにしか書けないことが、きっとあるはず。

 病気の紡ぐ怖ろしいおばけを知ったあなたなら。

 ひとのこころってどんなものかと。

 ひとはどうしたら優しくなれるのかと。あたしには解る。あなたにはそのちからがある。

あまりに読者を選ぶ文体なのでなかなかひとに勧められない煉瓦本系ミステリ、「天帝」シリーズ四作目。巻を追うごとに読みやすくなってくるが、まほろの衒学節は健在である。金持ちがくぐろうとする天国の門のごとき間口の狭さは、マイケル・スレイド作品の紹介初期を思わせる。いや、もっととっつきにくいかも。

読んでいるときに覆面作家である著者氏の質疑応答を目にする機会があって、そのおかげでこのシリーズの成り立ちを理解できた。上に引いた文章が書かれた意味も解る気がする。そのまま或る友人に贈りたい言葉だ。

伝統芸能としての本格探偵小説を骨組みに衒学の肉と伝奇の翼をまとわせた、哀切な青春小説。

こういう稀少な物語を希求するひとのところにうまく届きますように。