分類思考の世界

分類思考の世界 (講談社現代新書)

虫やイキモノは好きだが、統計や分類学とは全然縁がない人生を送ってきた。難しい理論/数理モデルなどが出てきたらお手上げだなと危惧しながらも、科学史は大好きなので、出るのを楽しみにしていた本である。

濫読博覧強記の著者氏の文章はそのウェブ日記/読書日記で拝読している。ディスプレイに並ぶ文字からたちのぼる印象が紙に印刷された文字へと有機的につながっていくのは不思議な感覚だ。

なじみのある語りに導かれて、メキシコのオアハカといえばpteridomania御用達のあの本だよね、という導入から、高橋睦郎*1に石燕*2アルチンボルド*3もやしもん*4ポパーに自己組織化*5…と、雑食文系人間にもたどりやすいパン屑が撒かれた道を楽しく歩いて、三中氏がふだん棲んでいる学問と書物の深い森のなかに踏み込んでいくことができた。


以下は覚え書き。

「分類」と聞いて、虫の好きなシロートの頭にまず思い浮かんだのは、数年前に目にした下記の文。うろおぼえのキーワードで検索すればちゃんと引っ掛かるのだから、ウェブの保存力は大したもんだ。

 蝶屋は蝶屋だけれども、なぜ甲虫屋は「カミキリ屋」だとか「クワガタ屋」だとか「ゾウムシ屋」がいるのか?

 ちなみに「○○屋」とは、その虫の種類を中心に写真を撮る昆虫写真を趣味にする人たちのいわゆる「専門分野」のこと。ちなみに小檜山先生は「ゾウムシ屋」。蝶は200種類程度だが、甲虫は何万種類にも上るため、個人の趣味としては甲虫すべてを扱うのは難しい。そのため蝶は「蝶屋」の1種類だけだが、甲虫屋は沢山の種類の人たちがいる。

 人間が何かの種類を分類していくときに、人間が「ちょうど良い」と感じる落としどころがあって、それが「種」だという分け方がある。昆虫写真の場合は200種類程度のようです。


情報通信文化論2006 続・ケータイ進化論

「蝶屋と甲虫屋

http://kogane.wem.sfc.keio.ac.jp/mt/jtb/2006/04/post_12.html

そして分類欲とよく似たツボを刺激する蒐集欲については、

普通の人は、ゴキブリのような気持ちの悪い虫が人気のないのはあたり前だろ、と思うに違いないが、虫屋にあたり前は通用しないのである。ゴキブリは結構大きい虫であり、展翅展脚をして標本箱に並べるとなかなか恰好がよい。オオゴキブリなんてゴキブリは、黒くて硬そうで、ヘタなクワガタよりよほど見場が良さそうだから、標本箱の中にずらっと並べたらさぞ壮観であろうと思うけど、そういう光景は見たことがない。

 なぜ虫屋たちはゴキブリを集めないのだろう。理由はたぶんゴキブリが気持ち悪いためではない。ゴキブリは日本には五十種ほどしかおらず、集めようと思えばすぐに集まってしまう。虫屋がゴキブリを集めない理由はまさにそこにあるのだ。(p.50)



池田清彦『虫の目で人の世を見る 構造主義生物学外伝』(平凡社新書

らしい。これらはあくまで虫に関する小咄で、根拠云々というような厳密なものではまったくないが、分類も蒐集も、あくまで観測者サイドの興味/都合の範囲で行われている様子がうかがえる。

そう、分類する対象ではなく、分類するわれわれの側に何らかの認知バイアスが存在するとしたら? 人間は、宿命的に、外したくても外せない眼鏡をかけて世界を切り分けているとしたら。生来の限界ゆえにボルヘスの「シナの百科辞典*6的な理論を大真面目に唱えているのだとしたら。ってそれは云いすぎかもしれないけれど。

分野に縛られない智を誇る案内人がかかげる灯のもとで、分類学の歴史と文脈を辿るのはとても刺激的だった。

Nature's principal theme is infinite variety, both within the bounds of any species, and especially (and obviously) across the stunning range of form in any region or ecosystem. We, as primates evolutionarily committed to vision as a principal sense, comprehend this blooming and buzzing confusion by ordering and classifying, separating and comparing.


Rosamond Wolff Purcell & Stephen Jay Gould

"Finders, Keepers" (W.W.Norton & Company, Inc.)

*1:大昔、友達が『兎の庭』を貸してくれて感銘を受けた。

*2:妖怪といえばこのひと。

*3:展覧会を観にいったばかりで記憶が生々しいw

*4:8巻を読んで以来、地ビール消費量が増えた気が…

*5ポパープリゴジンも大学で学んで以来の放置プレイの宿題。

*6:「動物は次のごとく分けられる。(a)皇帝に属するもの (b)香の匂いを放つもの (c)飼いならされたもの (d)乳呑み豚 (e)人魚 (f)お話に出てくるもの (g)放し飼いの犬 (h)この分類自体に含まれているもの (i)気違いのように騒ぐもの…」以下エエェェ(´д`)ェェエエな分類が続く。ゲレーロとの共著『幻獣辞典』(晶文社)の有名な一節。