指紋論
- 作者: 橋本一径
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2010/10/23
- メディア: 単行本
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科学捜査を主題に据えたドラマが流行する昨今、PCデータベースに登録された指紋から被害者なり加害者なりの身元が判明する場面は毎回のルーチンともなっている。
あの指紋の同定が、人力で行われていた時代があった。たくさん集めれば集めるほど検索が難しくなって、役に立たなくなっていくとも思える資料が犯人の同定に使われるようになったのは、19世紀のこと。著者は、「終生不変、万人不同」である指紋がいかにして顔写真や身体各部測定による証明にとってかわっていったか、また、それが「個人」にとっていかなる意味を持つのか、各方面の資料から丹念に描き出している。
指紋採取に対する忌避感についてのくだりが面白かった。自分の毛髪や爪を敵に渡すのを厭うのと同じように、指紋を採られることで呪術的な繋がりが生じるというフレイザーの「金枝篇」的な心性の主は、さすがに現代には少ないだろうが、忌避感は厳然として残っているようだ。
何もしていないのに犯罪者扱いされるような気がして厭なのか、あるいは、自らのあずかり知らぬどこかで何か別の用途に供されてしまいそうで厭なのか。答えは出ないが、公権力を有する誰かに促されて唯々諾々と染料で汚れた指を紙に捺せるかどうかと考えると、どうにも難しい気がする。