ロジャー・ゼラズニイ『わが名はレジオン MY NAME IS LEGION』(サンリオSF文庫)

むかし使っていた書評サイトがいろいろリニューアルするらしい。はみ出たネタをここにおいておくことにした。これも「Message in a bottle」プログラムの一環。復刊されていないから情報が少ないし。誰かの役に立てばということだ。

五年も経てば書評も古びてくるのでいろいろ書き直したいが、あえて放置。古いテディベアの縫い目からはみ出た綿を詰め替えているうちにぜんぶ作りなおしたくなってくるが、上手く直せるかは微妙。そんな理由。


「すべての個人記録がコンピュータで統一管理されている社会―――だが、その男は自分のカードを火中に投じ、一切の記録を消して社会の外に存在していた。そのうえ中央データ・バンクに偽の情報を入れ、思い通りに多くの名(レジオン)を持つ男に生まれ変わっては、私設探偵情報局の仕事をしていた」というのが基本設定である。

「レジオン」とは「多数」を意味し、聖書の中に登場する悪魔が祓おうとしたイエスに対して「わが名は数多なり」と名乗るくだりから取られているようだ。『わが名はコンラッド』『光の王』に見るように、伝説や神話をSFに生かすのが上手かったゼラズニイらしいタイトルである。収録作品は三つ。The Eve of RUMOKO「<ルモコ>前夜」、Kjwalll'kje'k'koothailll'kje'k「クウェルクェッククータイルクェック」、Home Is the Hangman「ハングマンの帰還」の三篇。ダークなゼラズニイの主人公たちの例にもれず、この名無しの主人公の冒険の後味も、いつも苦い。ちなみに、「ハングマンの帰還」は1976年のヒューゴー・ネビュラ両賞に輝いている。ハードボイルドとSFの見事な融合である。

第二作の「クウェル…」という奇妙なタイトルは、イルカの言葉を英語表記したものだが、SFにおけるイルカ・クジラ族の扱いを順次追ってみるというのも楽しいかもしれない。クラークの『イルカの島』、『海底牧場』、ラリイ・ニーヴンの『プタヴの世界』の主人公のイルカ学者(だったと思う)グリーンバーグ、セント・クレア『アルタイルから来たイルカ』、ギブスン『記憶屋ジョニイ』のサイボーグイルカ、ブリンの描く『スタータイド・ライジング』の完全に知性化された宇宙船クルーのイルカたちまで、時代背景を如実に映しているのが面白い。未読だが『神鯨』というSFもある。大原まり子の『銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ』など、枚挙にいとまがないのでこれくらいにするが。

ゼラズニイは、1995年に58歳で亡くなった。彼の作品の大半は、今、入手困難になってしまっている。黄金期のSFのテイストをよく伝えている作品が多いだけに、とても残念だ。(2002.02.18)