unko賞/儀式

というわけで書きなぐってすっきり。

 気づくと空を飛んでいた。

 つま先をひっぱられて、すさまじいスピードで青一色の世界のなかを後退していく。

 いや、ちがう。薄い耐久スーツ越しに肌を包むこのなめらかな圧は水の握力だ。ちくりと脳の芯に覚醒信号が走った。夢見心地を破られて、おれはやっと心づいた。ここは水中だった。あまりに高速で牽かれているので首が思うように動かせないが、足を牽くワイヤーの先は調査艇に繋がっているはずだった。

『…目が醒めたかしら?』

 頭の中で落ち着いた声がした。発声の有無や距離に制約がない脳内リンクはこういうときに便利だ。

『ああ、教授。始める前に起こしてほしかったんですが』

『あなたの意識がないほうが高速牽引は安全だから。気分はどう?』

『悪くないです。でもなんだかルアーになったような気分で』

『似たようなものよね』教授は笑った。『だけど、この儀式が無事終わったらあなたは英雄よ。人類としては初めての<成人>になるんだもの』

 おれはこれから、2q-1-7e族の儀式に地球人として初めてチャレンジする。豊かな海洋惑星2q-1を統べる彼らと対等に条約を結ぶためには、この通過儀礼のクリアがぜったいに必要なのだそうだ。候補者の選抜資格は厳しかった。若く健康であること、泳ぎに堪能で水中馴化施術済み、軍務経験あり、etc.。おれとしては、教授と初めて面接したとたんに、もっと正確に云うなら、あのゴージャスなエメラルド色の眸を見たときに、大義も訓練も、何もかもどうでもよくなってたのだが。

『武器は訓練のときと同じように右手に仕込んであるわ。合成刺胞が展開したら<神>の眼を狙って。相手が毒で麻痺したら、いちばん長い肉垂を切り取って持ち帰るのを忘れないようにね。でも、よく聞いて、最初の神に武器を使っては駄目よ』

『どういう意味ですか?』

『ごめんなさい…七時間前、あなたの処置が始まってからやっと、7eの上級神官に直談判してどうしてもわからなかった部分を聞きだすことができたのよ。あなたが倒すべき相手は、<神>ではなくて、その子供なの』

『教授、手順に変更があるのでしたらきちんと説明してください』

『もちろんよ。あなたに近づいてきた<神>には抵抗しないで。そのまま食べられてほしいの』

『は?』

『面構えは獰猛だけれど、獲物を咀嚼したり破砕したりする歯や骨をもたない生物だから大丈夫よ。<神>はそのあと深海の巣に帰る。生きたあなたを体内に収めたままでね。巣では幼体が待っている。<神>はそこであなたを排泄するわ』

『はいせつですか』

『そう、排泄される。あなたは生きたまま<神>の糞になる。それが<成人>儀式の第一段階だそうよ。<神>がやってきたら戦って勝利すればいいというのはわたしたちの早とちりだったの。本当にごめんなさいね』

『俺、カミサマのうんこになるんですか』

 わざときたならしく云ってみると、案の定、教授はたじろいだ。

『…ち、地球上の生物だと吐き戻しをするのだけれど、この惑星の生きものにはそういう未消化の獲物を排泄器官からリリースして子に与えるタイプが多いのよ」

『まあ、ゲロとうんこじゃどっちも大して変わんないですよね』

 おれは笑った。子供っぽいとは思うが聡明な女性を困らせるのは楽しい。

『まあいいや。了解しました』

『獲物の動きを封じるための麻酔物質が分泌されるけれど、耐久スーツが弾いてくれるわ。消化はされない』

『消化不良のうんこが英雄になって凱旋ですか。アホっぽくていいな』

『もしかして―――気に入った?』

『そりゃあもう。はやいとこうんこになりたいですね。…っていってるまに噂をすれば影だ』

 青い視界遠くにあらわれた巨大な影を、おれは睨みつけた。神の糞、そして英雄になれば、彼女に堂々と交際を申し込むことができる。

 <神>よ、はやく来ておれの夢をかなえてくれ。