孤独のグルメ

孤独のグルメ (扶桑社文庫)

孤独のグルメ (扶桑社文庫)

そんなにネームが多いわけではないのに読むのに時間がかかった。

ひとりでふらりと店に入るのに抵抗がなくなってどれくらい経つだろう。初めてのバーでさえひとりで入ってしまえるのだから、若いころからくらべると相当いろいろなところの皮が厚くなっているにちがいない。

『負け犬の遠吠え』か何かで、酒井氏が未婚女子族の繁栄には都市のカフェ文化の隆盛が絡んでいると書いていたように思う。

読んでしばらくして、何かの折に、横浜のカフェでそれを思い出させる光景を見た。

店員に案内されて入ると、奥の壁に沿った二人掛けの席にずらりと「おひとりさま」の女性たちが並んでいたのだ。みなそろって壁を背に座り、お洒落なパスタを前にして本を読んだり、ケータイをいじったりしていた。小さな卓を隔てた向かいの席にあるのは荷物やジャケットだけ。自分自身そのときはひとりだったので、彼女たちの列に連なることになったのだが、どういうわけか息子と食べる食事をしきりと思い出して、座っている間中落ち着かなかった。

孤独という心象は群集の中でこそ有効になる。しかし個々の客と、店そのものを含む周囲すべての有機的なつながりが最初から排されたあの様子をあらわす言葉として孤独は不適切だった。彼女たちはなにか初めて知る単位や秩序で区切られているようにも思えた。もちろん各々に家族がいたり恋人がいたり友人がいたりするのだろうが、あのときだけはそのつながりがまったく見えなかった。店に一歩足を踏み入れるとそういうフィルターがかかってしまうのだろうか。だから、カフェはひとりで入れるし、ひとりで食事をしても、気にならないのかもしれない。誰も他人を意識せず、見ない空間であれば、そこに加わるのに抵抗はまったくない。

その対極にあるのがこの『孤独のグルメ』に登場する店だ。扉を開けた主人公を迎えるのは空間ではなく、店主、店員、客、そのつながりが作りだす雰囲気である。食べるもののみならず、それらもまた、読むものの心に濃い味わいを残す。描かれた街の面影や当の店がまだ残っているあいだにぜひ訪れてみたいと思わせる漫画だった。