第9地区 District 9

膝の怪我など諸般の事情で週末の予定が変わってしまったので、時間をつくって観にいった。混んでいたのはアカデミー賞関連で名が挙がった効果だろうか。以下ネタバレありなのでたたむ。

南アフリカヨハネスブルクの上空に現われた巨大UFO。乗っていた難民らしきエイリアンを放置するわけにもいかず、彼らは地上の特別区に移された。三十年近くが過ぎ、外骨格が目立つ姿から「prawn*1と呼ばれて蔑視されるエイリアンの住まいは、不潔なスラム街と化していた。ごみ山を漁り生肉を食い、猫缶を好物とする彼らの街に出入りするのは、全面的に交渉を担当する超国家機関MNUの人間たちと、エイリアンを相手にあこぎな裏稼業で稼ぐナイジェリア人のギャング団だけ。どこにも行かないエイリアンのスラムをかかえこんだ市民の不満は高まり、ついに新しい収容施設への移住計画が始まるが―――。

ファーストコンタクトがアパルトヘイトをやっている国の真上で起きて、という皮肉から始まるSF映画だと聞いて、観るのを楽しみにしていた。

この映画には『未知との遭遇』で描かれたような、来訪者との意思疎通がもたらす無邪気な喜びはない。まえぶれも友好の美名も何も無く、貧乏くじにでも当たったような形でエイリアンを受容せざるをえなかった、その結果は醜悪だ。しかも相手は知能がさほど高くない。そして、もちろん人間ではない。移住計画を進めるMNUの立ち退き実行班は、エイリアンを脅し、だまし、逆らえばためらいなく殺す。相手はお荷物であり、虫けらでしかない。そのようにして前半は、人間が戦争や民族紛争のたびに「自分たちよりも劣等な」相手に対して行ってきた暴虐が淡々と繰り返される。CNNなどのメディアが流すニュースドキュメンタリーを模した乾いた映像のせいで、とてもリアルに感じられる。それは、夭折した作家・伊藤計劃氏がネットで日常的に接するブログなどに似た文体を使って未来の戦争の惨禍を語ったとき、描かれた遠い世界に奇妙な身近さ、地続きの感覚を感じたのと似ている。

立ち退き作業中の事故でエイリアン化しはじめた主人公は、優越種から劣等種に転落する。片腕しか変異していないにもかかわらず、金を産む実験標本として扱われ、全臓器切除されそうになった彼は、死に物狂いで逃げる。これも、かつて南アフリカで、世界初の心臓移植手術が行われたときの人種差別的な暗い噂のパロディかとかんぐってしまった。*2

*1:字義通りには「エビ」だが、実際はヨハネスブルクで見られる体長5センチの巨大コオロギKing Cricketの別名Parkland Prawnから取られているようなので「コオロギ」のほうがいいのかもしれない。植物質の餌のみならずドッグフード/キャットフードにまでたかる雑食性の彼らは、G並みのしぶとい害虫として、市民からたいへん嫌われているらしい。

*2:ドナーは黒人、レシピエントは白人。執刀医は「この移植には、人にいちばん近い形をしたものを使った」と発言したとあるが…。Wikipedia『心臓移植』参照。