おじさん祭が終わったので。

 記録として残しておく。

 フルタイムで働きながら家では細々と翻訳仕事を請けるようになって数年、好きな海外ドラマを観る時間もない生活が続いている。どんな作品にせよ過度にハマってしまうと、日常のペースを乱されてダイレクトに仕事に響くので(なにせ常にギリギリ綱渡りの締切地獄である)、好きなものに対しても心の天秤を過度に傾けないように心がけていた。そうやって安らかなダブルワーク三昧の日々を守ってきたのだ。つい数ヶ月前までは。


 夜遅くにやっていたそのアニメを初めて観たのは、五月だったか。

 風呂上がりに偶然つけた局で、タイトルも何も分からないままの十数分の視聴だった。CGを多用した動画は美麗で、話のノリはアメコミ風。最初は海外の作品かと思ったくらいだ。だが、特撮ヒーローのような派手ないでたちのキャラクターたちの胸や腕には実在の日本企業のロゴがでかでかとついている。なんだあれ、と話そっちのけでそればかり見ていた。EDが終わったあとも、今見たものが何だったのかさっぱりわからなくて、しかたなくネットで検索した。*1


 『TIGER&BUNNY』というタイトルを知ったのはそのときだった。


 NEXTと呼ばれる超常的な能力を持つ人間が、おのおの企業に所属して「プロ」のヒーローとして街の安全を守る、というのが物語の基本設定だ。主人公は、デビューして十年選手のヒーローで、すでに三十代後半。既婚で子持ち。話の冒頭で所属企業のヒーロー事業部が閉鎖されてリストラに遭い、転職した先で新人ヒーローと組まされることになる。有能だが生意気な若い相棒から賜ったあだ名は、なんともストレートな「おじさん」…と書いていて、あまりのサラリーマン的受難展開にあらためて笑ってしまうが、観ているうちに、この熱血でうざくてお節介なおじさんヒーローの魅力にころりと参ってしまった。こういうひとが職場にひとり居てくれたらいいなあ、と思った社会人視聴者は多かったのではないだろうか。いや、ペーパーワークは絶望的に不得手だろうが、ムードメーカーとしては最高なので(笑

 監督によると、80年代にアニメを観ていたヲトナ層をターゲットにしているそうで、シリーズ構成と脚本にはドラマ界で活躍している作家さんが起用されている。*2

 舞台になっている架空の外国の街の風景は未来的でありながらどこか懐かしく、登場人物たちのルックスは超絶かっこいいのに(これはキャラクターデザインの漫画家・桂氏のおかげ)、性格は不器用で人間らしくて、共感が持てる。今思えば、アニメと特撮番組を見て育ち、今もアメコミと海外ドラマを好む自分が引っかからないほうがおかしかったのだ。


 関東地区での放映にさきがけて、土曜深夜2時過ぎにUSTREAMでネット配信が行われているのは知っていた。それでも夏までは、生活のペースが狂うと思って我慢した。しかし半年続いた物語が終盤に近づいたころ、頭の中で何かがぶつっと切れた。あれは、締め切りが何重にも重なった八月終わりの土曜日だった。*3

 耽溺は、仕事や家事を妨げる魔道堕ちにほかならない。なんと大げさなと思われるかもしれないが、何かにハマるとそれぐらいのダメ人間になってしまう。十数年前にやったときは睡眠不足で不整脈が出た。それ以来、用心している。今回は我慢しすぎてなおさら前のめりに逝ってしまった気がしないでもないが、とにかく相当な勢いだった。自覚はある、もちろんorz

 そんな親の異変に、息子が気付かないわけはない。にやにやしながらネタをあさってネットを流していると、「なんだよー、仕事しろよ」「オリオンなぞってるんだろ、また」*4といちいち厳しい突っ込みが入る。通販サイトから届くCDやらムックやら、ふだんはそういう商品をぜったいに買わないのを知っているので、病コーコーの域に入ったのもすぐに察知したらしい。

 

 高校生である彼は、以前にも何度か書いたが、アニメを好むクラスメイトたちとは一線を画する態度をとっている。とはいえ、親がこういう人間であることも手伝って、少なくともツイッターのタイムラインで見かけるようなメジャーな作品についてはかなり知っているし、内容も理解している。だが、外ではぜったいにその知識を披瀝しない。「かわいい女の子が主人公のまわりに何人もいて、萌える~、みたいなアニメはつまらなくて嫌いだ。学校の連中はそんなアニメとかラノベばっかり観たり読んだりしてるから俺は話をしたくない」とはっきり云う。と思うと映画『サマー・ウォーズ』は好きだったり、ジャンプ系漫画原作のアニメも観たりする。*5

 しかし、とりあえず建前としてアニメ嫌いを標榜する人間がいるまえで、毎週いそいそとテレビの前に座るのは抵抗があった。独りで見たいのは山々、しかし時間的にどうにもならない。諸般の事情で、番組録画ができない状態なのもまずかった。これでは親としての体面を維持できない、キー! と葛藤しつつ観ているうちに、彼は、いつのまにかそばに座って一緒に観るようになった(笑

「親が、韓流でキャーキャー云ってるのと、タイバニにハマってるのと、君にとってはどっちがまし?」

「どっちもどっちだけど、あなたの趣味だから俺はどっちでも気にしないよ」

 彼は肩をすくめてさらりと云った。

 回を追ううちに、彼は「おじさんみたいに腹筋割れてたらかっこいいよな」とか「バニーみたいに、腕にすじが入ってると筋肉ついてる感じがしていいよね」と云いだして、実際に竹刀の素振りと筋トレを始めた。そういう動機で筋トレ始めるってのは初めて聞いたが、一ヶ月経ったいまでは、上半身の筋肉増量と4キロの減量に成功した。ちょっとびっくり。

「なんでタイバニ観るの? どこが面白い?」

萌えアニメみたいに女の子がかわいいとかだけじゃなくて、ストーリーがきちんとあって、キャラクターが、ふつうの人間みたいに行動が一貫してて、生きてるって感じがするから。おじさんかっこいいし、バーナビーと娘の間で、どっちに対してもちゃんと責任果たそうとしてて、バニーに対して『俺もう故郷に帰るから!』ってさっさと放り投げて逃げたりしないのが、大人って感じがする。おじさんみたいな大人になりたいよ」

 『CSI』シリーズなどを見慣れた彼には、彼の抱くアニメのイメージと違って、セル絵でやっているドラマのようで面白かったらしい。しかし君がおじさん級になるには二十年早いので、せいぜい修行を積むように。


 番組は先日、華々しく最終回を迎えた。気になる続きは、いまのところはまだ未定のようだ。別宅で視聴していた相方からは「ほぼケーブルの海外ドラマ手法か。20シーズンとか、おじさんの還暦まで行くがよい(笑」というメールが来た。

 楽しい祭が終わって寂しいが、作品から得た充実感はしっかりと残っている。

 本当に楽しかった。

 作り上げたひとたち、ネットでいろいろなネタを提供して楽しませてくれたひとたち、かかわったひとたちみんなに、心の底から「ありがとう、そしてありがとう」と云いたくなる、稀有な作品だった。 

*1:第5話。バニーのサプライズパーティの話。途中から見たので、仲間どうしらしい連中が互いに銃を突き付けあって、何をやっているのかまったく理解できなかった。

*2:基本、コメディとして作られているのは、往年の名作アニメ『TOM&JERRY』と韻を踏んでいるようにも思えるタイトルからも明らかだ。TOM…の主題歌の歌詞にあった「仲良く喧嘩しな」は、タイバニ主役二人の関係性にも云えることだ。

*3:モルダー、あなた疲れてるのよ、というアレだ。逃避ともいう。

*4:OP曲『オリオンをなぞる』をもじって息子が作った表現。タイバニにうつつを抜かして仕事がお留守になっている様子をいう。

*5:話を総合すると商業的な「美少女」が登場する作品にアレルギーがあるらしい。AKB某に興味を示さないのも、同じところからきているのかもしれない。彼の本道はエレクトロニカなどの音楽系にある。学校に話を共有出来る相手がいないとよく嘆いているが、あれだけマニアなハマりかただとリアルでの仲間探しは難しかろう。つまり、彼もまた音楽に特化したオタクなのである。