世田谷美術館:パラオ-ふたつの人生

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日本の統治領だったパラオで知り合った芸術家・土方久功(ひさかつ)と作家・中島敦。彼らの遺した作品や手紙を通じてその友誼を浮かび上がらせる展覧会である。


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平日、さらに雨ということもあって、砧公園も美術館にも人影は少なかった。

中島敦の生原稿はとても綺麗だった。完全に、学校の板書に馴れた先生の字だと思った。彼の作品に多用される、古典漢籍めいた難訓語も丁寧に書かれて、ルビが振られていた。真面目なひとだったんだろうな。

中島は、『山月記』などが教科書にも取り上げられているため、知名度は高いが、土方について知る人は少ないかもしれない。

下は、パラオ旅行で訪れたエピソンミュージアムに展示されていた土方の写真とその説明。

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かの地ではとても有名な人なのだと、シーカヤックを漕いだときのガイド役青年は云っていた。いま、あの国でみやげ物として売られている工芸品ストーリーボードを考案・指導したのも彼だ。今日、展示されていた中にもあれによく似た手法の木彫作品が多数あった。写真の土方氏といっしょに写っている塑像も飾られていた。

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これはパラオ・パシフィック・リゾート・ホテルのロビーに飾られている土方の絵。彼は好んで現地の人々を題材に絵や塑像を製作した。

会場には、パラオ赴任中の中島が妻や息子に宛てた手紙も展示されていた。

幼い息子に送られた絵葉書のほとんどは、この本で見ることができる。

中島敦 父から子への南洋だより

中島敦 父から子への南洋だより

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これは本島の隣のバベルダオブ島にあるガラスマオの滝だが、ほとんど同じアングルから撮られた写真をあしらった絵葉書が、上記の本に載っている。ミクロネシア方面で最大のこの滝(落差二十メートル以上)は、実はこういう恰好↓をしないとたどり着けないところにある。

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赤土剥き出しの悪路を車で走ったあと、アタマの上に荷物を乗せて腰まで河につかって歩いたり、岩肌の斜面を幾筋にも分かれて流れる川の隙間を歩いたり、山の中を延々抜けていった先にあるのだ。写真の人物はトレッキングを存分に楽しんでいたが、付き添いのこちらはいろいろ大変だった(笑)

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南洋で生まれた友情は、中島の病死によって断たれてしまった。

以下に、土方の詩を引用する。


人が死んでいく

私の周囲に ぱらり ぱらりと

木の葉が落ちる

 

私の身辺から ぽつり ぽつりと

人が死んでいく


全く無縁と言っていい人達ばかりの中に

袖ふれあった人たちも案外多く

もっと少いにしても

何かを与え 受け取った間柄の人たちも


たとえば新聞に その死を報じられるような

わづかな人の中にさえ

物質に 心にやりとりのあった人は

ぽつぽつあるものである


ぽつり ぽつりと死ぬ人たち

彼らは その死によって私から

それぞれ 何かを持っていってしまう


無慙に私の善意をさえ

もぎ取って行くこともあるが

たぶん ずっとすくないわたしの悪の記憶をも

さらりと持って行ってしまうこともある


今 古来稀なと言われるまで

生きながらえて来た 私は


そんな人たちの中に 黙って

ぱらりと散る日も 遠くはあるまい


そんなことを思いながら 今はない

子供の頃 青年の頃 そして

それからあとも ぽつり ぽつりと

亡くなって行った人たちのことを 思い出してみる


ほんとに幼い時に亡くなった者も

その時なりに 私から何かを持っていったが

それは持って行かれないでも やがて消えるような

かすかなものだった


だが 青年になってからの人々の中には

私の胸をしめつけ

あとあとまでも そのことを痛むような

言わば 傷跡をとどめ 悲しませた


そしてこの頃 老年になると

それは私個人のものではなくなって

広く人間的なもの

言ってみれば

人生のエキスのようなものを

その都度 しぼり取っていくような


不安でもあり さびしさ やるせなさであり

そのくせ 何処やらでは

もうこのへんでたくさんとも感じ

亡くなって行く人をうらやみ


落ちる木の葉を

美しいと見る思いである

旅の思い出に彼らの作品を重ね合わせながら、帰途に着いた。

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