美容院の怖い話。
髪を乾かしてくれた顔なじみの美容師くんから怖い話を聴いた。
彼の美容学校仲間で、霊感の強い青年がいた。
彼が、カットの練習のために深夜、仕事場に残って練習用マネキンの髪を梳いていたときのこと。ブラシが不意にひっかかってはずれなくなってしまった。見ているものは居ないし、丁寧に取るのも面倒だったので、えいやっと引っ張ってそのままブラシに絡んだ分だけ、マネキンの後頭部から髪を引き抜いてしまったのそうだ。
その晩。寝ている顔のまわりで女の笑い声が続き、「やったな」という声とともに後頭部が猛烈に痛んで、眼が覚めてしまった。
彼が頭に手をやるとそこの部分だけ髪が抜かれていたそうだ。
「オレも見たんスよ、ほんとにそいつの頭、そこだけ無かったんですよ、毛が」
美容師くんは真顔で云った。
「そいつ、霊感強いから良く見るらしいんですけど、あの練習用の頭って人の形をしてて髪の毛まであるから、悪いものが中に入りやすいんですって」
そうかもしれない。中に何も入ってなかったとしても、深夜の美容室の窓辺にアレが並んでいるところを見るだけでも怖い。
座ってふんふんと話を聴いているこちらがあまりその類の話に否定的ではないことに気づいた彼は、やや勢いづいて、自分の体験談を話し出した。
「美容院って、そういうのが出る条件そろってるんですって。人の出入りが激しくて、音響があって、水場…シャンプー台とかがあるから。これが三つ揃うとすごく出やすいんですって。オレが別の店に居たときなんですけど、そこの店、霊感強いやつらは出る出るって騒ぐところだったんですよ」
「…出た?」
「そのときはオレと、ほかの何人かでカウンターに居たんですよ。お客さん待ってて。そしたら先輩が外から戻ってきて、『あのソファのところで待ってるの、誰? お客さん?』って」
「え」
「いや、誰も居ないんですよ、そんなひと。とたんに背筋がぞーっと寒くなりましたね」
こちらも寒くなって、思わず待機客用ソファのほうを見てしまった。
誰も居ない。ようにみえる。ううーん。怖い話ってこのドキドキ感が癖になる。
彼はドライヤーをあやつりながらさらに話を続けた。
「オレ、霊とかそういうのは見ないんですけど予知夢見るんですよ」
「予知夢。ってどんな?」
「それが、悪い予知夢しか見ないんですよね。何かいやな未来っていうか。最初は小学生のときで、ばあちゃんが階段から落ちる夢見たんです。んで次の日、学校からの帰り道に救急車がサイレン鳴らしながらオレたちの横を通っていって。友達に云ったんですよ。『あの救急車、オレの家にいくところだよ』って。
帰ってみたら、階段ごと壁から外れて、ばあちゃんもいっしょに落っこちて、頭を何針も縫ったんですよ」
「うわ…ほんとに予知夢だったんだ」
「そうなんスよ」
「夢を見てるときは予知夢ってわかるの?」
「あんまりわかんないです。普通の夢みたいだから。でも、必ず厭なことなんですよ。こっちのグループの友達とあっちのグループの友達が一緒に夢に出てきて仲間になってて、そんなふうになったらめんどくさくて困るなあって思ってたら、本当にお互い知らない同士だったはずなのに、つきあうようになって、人間関係ぐだぐだで大変なことになったり。一回は、母親の叫び声が夢の中で聞こえたことがあって…気になって次の日実家に電話したんですよ。そしたら、そのときちょうど姉貴の子供が生まれるときだったんですけど、お産でなんかいろいろあって、生きるとか死ぬとか、すっげェ大変だったみたいです。
こういう話聴いて、変だとか思います?」
ドライヤーの作業を終えて会釈して離れていった彼と入れ替わりに、カットしてくれた年嵩の美容師氏がやってきた。
「なんか怖い話してましたね」
「ええ。予知夢とか」
「ああー。僕はそういうのぜんぜんわかんないんですけどね」
ポルノグラフィティのボーカルによく似た笑顔で彼は云った。
「でも…そうだなあ、僕、朝にジョギングしてるんですよ。そのときにいつも決まった草むらの横を通るときに中でがさがさがさって音がして何か追っかけてくるみたいなんですよね。小動物か、蛇がいるのかなとも思うんだけど、あれは不思議だなあ」
不思議なことをまったく経験したことがないひとのほうが少ないんじゃないかと思いながら、美容院をあとにした。