裏世界ピクニックと青がヤバい件。

 

人によってちがうのだろうが、自分の 言葉のインプット/アウトプット回線は同一らしく、自前のネタを書いているあいだは、本がうまく流し込めない。生まれてこのかた活字は飲み物扱いだったのに、この数年はチョコレート程度の固体として数日に分けてちまちまと摂取するのがならいになっていた。文庫の上下を一日でふつうに読んでいたころにはもう戻れないのかも、とも悲観していた。しかし大急ぎで資料のハードカバーを読むときは問題を感じないし、書くのさえ休めば、昔とまったく遜色ない速度で読めるのに気づいた。言語回線が並列増設できたらいいのだが、なかなか。

春からラジオ講座を聞き出した中国語は、半年で耳がやっと馴染んできた。文法はまだ何もワカラナーイ。来月始まりの秋季タームからも継続することにした。一方、露語文法をそろそろ忘れかけている自信があるので、こちらにもフォローが必要だ。二兎を追う者を地で行く状況だが、多言語海の遊泳は純粋な趣味なので。

ハリウッドの映画を観ていると、露語音声場面で英語と日本語の字幕がつくことがあって(『シェイプ・オブ・ウォーター』など)、ここで上述の言語単一回線問題が発生する。耳は露語を拾いに行き、眼には日本語と英語がダブルで迫ってくる。回線ぎゅうぎゅうの三カ国語責めはキツい。露語がすらすらわかるのならともかく、万年中級者の足りない語彙で追おうとするので、すごく疲れるのだ。せめて字幕が一言語なら。しかし同じ三ヶ国語でもアラビア語音声、英語/日本語字幕の映画なら負荷はもう少し軽かったので、とにかく「ちょっとでも理解できる」語の並列が回線パンクの理由なんだと思う。あのエジプト映画も面白かったな…

中国語と露語を見たあとに英語文を見ると、字面がやさしく語りかけてくるようで、ほっとする。外国語の読解も、慣れていくうちに母国語と同じ速度に到達するそうだし、リーダビリティの高い原書をもっと読もう。ゲイマンのGood OmensをKindleに落としたきりだったな。

 

前置きが長くなった。

上記の『裏世界ピクニック』も、そういう理由ですぐに読み出せずに去年買ってから積んでいたので、一巻をかるく再読してから突入した。

夜中の零時にスタートして、丑満時にしみじみと怖くなって、いったん本を閉じた。こんなこと、あの『リング』以来だ。

数年のあいだアウトプットに励みながらもなんとか定期的に読めたのは、各社から出ている実話怪談の文庫本だった。長くても数ページで終わる超短編が多いので、読書可処分時間が数分単位でも筋を追う苦労がなかったし、あとは純粋に怖い話の語りが好きで(昔から民話を読むのが好きなので、それもある)家族が買う文庫本を次から次へと読んできた。*1

さまざまな書き手が各々の語り口を披露する怪談本には、ときには記事として読むだけで何らかの「障り」があるといわれる話も載っている。怪異をまったく信じないひとには笑われるのだろうが、丁寧に集められた「怪談」が文字通りの実話であろうとそうでなかろうともたらすかもしれない何かを避けるために設けたマイルールのひとつが、「怖い話は夜中に読まない」だった。

それを思い切り破ったのは、裏世界ピクニックは毛色の変わったSFなのだと思っていたからだ。それなのに、こんなに怖いなんて。ぬかった。自分も洒落怖を読みあさった経験があるからなおさらなのか、下敷きにしている虚実入り乱れたネットロアの不気味さが宮澤氏の筆で淡々と増幅されていて、空魚と鳥子の冒険がひとつ終わるたびに、こちらもたいそうぐったりした。お見事。

不気味な「もの」をときどき見聞きする息子にも読ませられないかなと思って、Kindleではなく紙媒体にしたので、これでやっと渡せるなと思って、そこではたと思考が止まった。

物語のなかでは深い青、ウルトラブルーが人間の側ではない異界を象徴している。同じような話をリアルで聞いたのを思い出したのだ。

「白いのはいいんだけど……青い夢はヤバいんだよね。気をつけてね。あっち側だから。あっちのひとたちの云うことはわかりにくいんだよ。こっちとルールがぜんぜん違うみたいで。もっとわかりやすく話をしてくれたらいいんだけど」

嘆くようにそう云ったのは、昔、職場でいっしょに働いていた女性だった。

彼女のことは、日記に書いたことがある。仕事が良く出来る、ニコニコと笑みを絶やさない不思議な雰囲気のひとだったが、今はどこでどうしているのか。

この言葉は、巫女めいた力をもつ彼女に、息子が見聞きするものや、彼が頻繁に見ていた悪夢について聞いてみたときの返答だった。彼女の云うあちら側は、そのときのニュアンスからすると「生者のものではない世界」らしい。

そんなやりとりがあったことも、すっかり忘れていたのに。話中の米軍人の「怖い経験を忘却していた」エピソードともあいまって、ぞっとした。

 

以上、一切盛ってない。

11月刊行予定とアナウンスがあった三巻がとても楽しみだ。

*1:総数は数十冊、いや、百冊以上かも。家族は、故水木しげる翁の作品からこちらの世界に入ったものの、前に日記で書いたただ一回を除いてはそういう経験がないという。仕事を考えると、本人自身がアヌビスのごとき立ち位置なのだが。買いためた怪談本の鯨幕のごとき黒白の背表紙は、ながいあいだ本棚の一角を占めていたが、先年にまとめて古本回収に出されて、いまはもうない。